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この横丁は、昔「ションベン横丁」と呼ばれていたが、正式には「仲通り」だ。

今は「思い出横丁」なぞという、ざわとらしい名前をつけている。
ボクはこの名前嫌いだ。
「焼き鳥学入門」の第2回目
焼鳥学入門:「ささもと」(2) 辻バード 1986/1/15
 新宿西口の「ささもと」には、例の「レバ」「ハツ」「タン」
とか張ってある紙切れがない。ただ「やきとり」と書いてあるだ
けだ。客は「コブクロ塩で2本、それとシロをタレで二本」とか
言う。

 オヤジは壁の「伝声管状のラッパ」に向かって「コブクロとシ
ロ2本ずつ」と怒鳴る。ややあって、2階から中年の女性が、串
を持って、狭い階段を降りてくる。串を渡し、黙々と上がって行
く。息子の奥さんだ。上にもう一人、オヤジの奥さんがいる。こ
の2人は何をしているのだろうか?彼女等の前には、全ての材料
が、切断されず、丸のまま置いてある。そして、「伝声管」から
オヤジの注文が来るやいなや、間髪を入れず材料を切り、串に差
す。そして階段を降りて、それを渡す。


 これが「ささもと」の「焼鳥哲学」である。このへんの「普通
の焼鳥屋」は、昼間にセッセと材料を串差して、冷蔵庫に入れ一
日の商売をする。ここのオヤジは、それを軽蔑する。材料は「切っ
た時から不味くなるのだ!」これがクチぐせだ。特に「レバ刺し」
などは「怒鳴る」「切る」「串刺す」「降りる」「手渡す」「塩
をチョット振る」「はいお待ちどう」と1分間で出てくる。すご
い徹底ぶりだ。何時来てもボクは感動してしまう。もし2階も客
席にしたら、売り上げは倍になるだろう。でも、それをやらない。

 時々、すっかり白髪になったオヤジの奥さんが、珍しく串を持っ
て降りてくる。すると、客達が拍手することがある。裏方へのね
ぎらいなのだ。


 また、ここの客は注文がうるさい。何が塩で旨いか、何はタレ
でなくちゃならないかを、知っている。同じ「コブクロ」や「ナ
ンコツ」でも、こまかい部分を指定する。ここでは、目の前にあ
る材料を直ちに判別出来なくては一人前ではない。特に「ハツ」
と「タン」、「ナンコツ」と「カシラ」を間違えるようでは駄目
だ。「品書き」がなくても、何をどのようにして食べたいかをハッ
キリとオヤジに言えなくてはならない。座るなり、ただ「焼き鳥
6本!」と言うような客は、他の客から馬鹿にされる。

 「焼鳥学」の第一課が「とんとり・とりとり」の分別にあると
したら、「とんとり」の第二課は、豚や牛の内臓部分の呼名をお
ぼえ、現物を判別出来ることである。第三課は、たとえ焼き上がっ
た串でも「これはなにか」が分かり、勿論「食べれば、すぐ分か
る」ことが要求される。


 それに、焼鳥には、寿司と同様に食べる順序がある。座って、
突然「レバ・タレ」で始めるようでは、失格だ。どんな「とんと
り屋」でも「コブクロ」「ナンコツ」が先になくなる。特に「テッ
ポウ」(直腸)と「タタキ」(喉ぼとけを細かく叩いたもの)は
あったら、先ず最初に食べるべきである。これらを食べてから、
「タン」「ガツ」「ハツ」の類に進み、「カシラ」「ハクたれ」
そして、やっと 「レバたれ」となる。もっとも、そこには「流
儀」があって、どうしても「レバ刺し」を食ってから「焼きもの」
に入る人もいる。

 しかし、「ささもと」の常連なら、必ずここの「煮込み」から
出発することになる。ここの「煮込み」は只の「煮込み」ではな
い。材料は「シロ」(小腸)と「フワ」(肺)なのだが、なんと
これが全て「串刺し」してあるのだ。そして、鍋の中で順送りに
煮込まれて行く。けっして「ごった煮」では、ない!オヤジは、
長年の勘で「丁度煮え頃の串」を慎重に選んでくれる。スープは
「味噌」だけなのに、材料の新鮮さと、独特の煮方で絶妙の味に
仕上がっている。座るなり4本も頼み、スープをタップリと掛け
て貰い、「七味」を掛け振り、口を皿に近ずけ、ズーッとこれを
吸えば、冬の夜を、微妙な内臓の味わい分けで過ごす楽しさの開
幕だ。その深い味が、とくとくと体にしみわたっていく。

 ★ここでオヤジと言うのは、既にもう亡くなってしまった、
   ささもとの先代です。現在はそのオヤジの長男が、立派に
   店を継いでいます。
  ★この「焼き鳥学入門」には、まだ沢山の店の紹介が続くが、
   これはけして「旨いもの屋」のガイドブックではない。だ
   から、既に消えてしまった店も登場する。これは、その店
   の焼き鳥哲学を紹介する連載なのだ。

                       辻バード
★これは、1985年頃、あるパン関係の業界紙に連載していたもの
を加筆訂正したものです。ここでボクは、パンを「焼きたてで提
供する」と言うことの重要さのヒントを提言していたのです。


★しかし、この連載が進む中、大きな反響を呼んだと同時に、
「何でパンの新聞に焼き鳥のことなぞ書くのか」と抗議が来たこ
ともあるのです。いつでも、物事の表面しか見られない人間がい
るのですね。

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