辻バード「焼鳥学入門」その3鳥茂   その4へ"やっちゃん"

この写真は3軒目の店で現在もここで営業している。
==・==焼 鳥 学 入 門 ==・・==  辻  真 須 彦
〔 鳥  茂 〕 (とりしげ) 1986年2月

     新宿は大きく変わったけど,まだ戦後が残ってる所が,2ヶ所はある。
   「ささもと」のある仲通り,それと「鳥茂」があった南口ガード付近だ。
   1955年頃,ボクはバンドをやっていて,よく米軍のバスでこの南口に帰って来た。
   ギャラの入った夜など,迷わず「鳥茂」だった。 屋台の当時からここは高級で,
  あたりの焼鳥屋と,一線を画していたものだ。
   その後,近くに店を持ち,現在は立派なビルを建ててしまった。     
   数年前おやじは亡くなったが,息子が立派にやっている。 昔からの従業員が今でも
  働ていて「もう30年になりますよ」と言っていた。
  
   満員の店内に席をみつけ,座るなり「突き出し」がでる。
   「子袋」を刻んで,葱のミジンと酢醤油で合えたものだ。 竹串でつつきながら,
  酒を飲む。 昔の通りだ。
   そこで,たのんだ「タン(舌)刺し」と「レバ刺し」が現れる。
   活きのいい「牛タン」,上に生卵,にんにくと独特のタレが下に沈んでいる。かき回し
  て口に入れれば,コリッとしたタンに絶妙なタレがからむ。
   ある時,タレの中味を聞いてみたら「色々入っているからね」と言われてしまった。
   「レバ刺し」は,大きなブロックを切ってくれる。 「レバは臭い」なんて言う人は,
  これを食べてみるといい。 新鮮さが牛レバをフォワグラの格に押し上げている。
   勿論ここでは,「子袋」も「ブレンズ(脳)」も生で食べるのが一番である。
   しかし,ここの「焼きもの」は昔から独特のポリシーを持っているから,是非このへん
  で切り換えたほうが良いと思う。 

    まず,「混合」を「6本串」で頼んでみよう。
   「混合」とは,長手に切った「ガツ(胃袋)」「ハツ(心臓)」「レバ」「シロ」等を
  横に並べ,縦に串を打ったものだ。 この串が6本なら「6本串」と言う。
   これを6本がつながった状態のまま「備長炭」で焼いてゆく。 焼けていく途中に,
  何回か「バタ」を塗りたくる。 全体をひっくり返しながら,丁寧に焼く。
   この「混合」は,絶対に「タレ」であって「シオ」でない。
   焼き終わったら「タレ」を塗る。 そして,串1本単位にナイフで切り分ける。
   つまり,串の横腹を見ると,中心がミディアム・レアーで外に向かってシッカリと
  焼いてある状態が眺められる。
   この串に「マスタード」を塗って食べるのが,ここ「鳥茂」の流儀なのだ。
   驚くことに,「朝鮮戦争」「サンフランシスコ講和条約」の時代から,屋台でこれをやっ
  ていたんだから。これを食べると,高いばかりで「変な演技」が付まとう「鉄板焼き
  ステーキ」など,「金輪際喰うものか」と思ってしまう。


  そして「酒」は,死んだオヤジが本当に愛していた「*****」を,小いさな薬缶に
  入れ,直火で燗?をする。 客はガラスのコップに酒を注ぎながら飲む。
  不思議なことに,このやり方で酒が旨くなる。
  
   後は,単品の「焼きもの」を,出来れば「シオ」で一品ずつ頼むべきだ。
   その際,どんな「とんとり屋」に行っても,必ず「子袋」と「軟骨」が先に無くなるから,
  先に頼むとよい。 但し,すじが通った客が来るところ,ではあるが。
  
   ここの客達に,ただ酒を呑みに来る人はいない。飛び込むなり「焼鳥2人前!」と怒鳴る
  人も,いない。
   壁に掛けてある,額に入れたモノクロ写真の屋台時代から,もう30年も足ってしまったが,
  「すこし金が掛かっても」「丁寧につくった」「本当の食べ物」を愛する人達が,いつも集
  まって来たのだった。    (この稿つずく)

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