「ボクの味て歩き」 行き付けの店たち(3) 「若月」ラーメン、焼きソバ
辻 真須彦 1986/05/15パンニュース
 ぜいたくなもので,人は時々「ごく普通のものを,自然に,そこそこ美味しく」食べたくなるものだ。ボクだってそうだ。ラーメンでも,名人が心をこめて作ったやつを,感動したり、うなったりしながら食べるのも良いが,普通で美味いラーメンを,さらっと喰うのもすてがたい。

 西口仲通り(笹本のある通り)の若月は,そんなふうなラーメン屋である。この横町は下にくだるとラーメン横町になり,何軒ものラーメン屋が並んでいる。若月はその一番上で,丁度「焼鳥横町」との境に位置している。

 1950年代のボクは,バンドが終わると,先ずこの通りの「栄寿司」に行ってチョッとつまみ,酒を飲んだ。それから「笹本」の煮込みと焼鳥を梅割焼酎でやり,その後「若月」のラーメンでしめたものだ。

 その頃は若かった奥さんが,今でも入口で「ぃらっしゃい,ぃらっしゃい」と客を呼び込んでいる。(呼び込みじゃなくて,ただの景気ずけなんだけど。)

 ここのラーメンは本当の「ラーメン」だ。つまり,あたまに「なになに」とか付かないラーメンなのだ。でも,最近は「みそラーメン」とか「塩ラーメン」とか張り出してある。聞いてみたら「お客さんが言うんで,しょうがないね」と気のない返事だった。

 ボクはつい「本当のラーメン」と言ってしまったが,東京の人が「本当の」と言う時は必ず「東京風」もしくは「関東風」と言う意味だ。だから,ただ「ラーメン」という場合は,まさしく「関東式ラーメン」のことなのだ。

 「関東ラーメン」の特徴は,スープが醤油味である。わざわざ「しょうゆラーメン」なんて言うのは「田舎者ラーメン」の方だ。そして,麺がすこし縮じれていて,太さが不統一なら最高。入っている具は「刻みねぎ・支那竹・焼豚・海苔」そして「鳴門巻」である。少しの「ほーれん草」なら入れても許される。

 これに,胡椒をふりかけ(どうゆう訳か七味は邪道),「酢」をシャラと入れる。熱いスープに生玉子を割込み,やや待ってこれをつぶす。これでスープに半熟玉子が溶けて漂う。ドンブリは大きすぎず,品のない赤い柄の安物が合う。

 若月のラーメンは上記の特徴を,全てそなえているのだ。尤も,この喰い方はボクの習慣で,たしか30年以上も前,この横町の主だった,バンドのマネージヤー「としちゃん」から教わったんだと思う。この人はボクの大先生である。

 ここ若月のラーメンを,こうやって食っていると,「これが典型的ラーメンだなー」と変に感心してしまう。「丸福」「春木屋」それに前号書いた「がんこ」の,はりつめた,対決するようなラーメンも良いが,ここのような普通で美味しい味もすてがたい。

 しかし,若月は「ただのラーメン屋」ではない。ここは「ソース焼そば」が本当の名物なのだ。この昔なつかしい「ソース焼そば」を食べに,遠くから来る人も沢山いる。
 表に向かったガスコンロの上に,使い込んで反った,5ミリ位の鉄板が乗せてある。おばさんは,絶えず手を休めず,カタカタとそばをしゃくって炒めている。

 本格的な「ソース焼そば」はこのように,炒めれば炒めるほど美味くなるのだ。ボクはこのおばさんが,よく肩症炎にならないものだなーと感心してしまう。お客のいない時には,鉄板の右側に積んであるそばの山を,中央に移動させ,全体を軽くいためたりしている。

 もちろん「本格的な」とボクが言う場合、そばとキャベツ以外に、他には一切の具が入っていないのはもちろんのことである。豚肉や干しエビなんて入れる、それは邪道である。

 「ソース焼そば一丁」と声が掛かると,一人前を真ん中に据え,カタカタカタと炒めだす。時々油をチョコッと掛け,頃合をみて刻みキャベツを混ぜ入れる。その間,絶対に手は休まずカタカタを続づけている。最後の少し前に,小さなやかんでソースを掛ける。そして,最後のダッシュでカタカタと混ぜあわせる。焼そばが「もう勘弁してくれ」と言いそうになったら,小皿の上へ,信じられない位の高さにそばを積みあげる。「紅しょうが」を乗せ,その上から「もみ青海苔」をパラパラッと振り掛ける。実に丹念な調理方法である。
 30年以上もやっていて,手抜きがない。食べてみると,昔,縁日で食べた,そのままの味が,完全に再現されるのだから堪えられない。

この「ソース焼きソバ」についての論文 (?)がボクにはあるのだが、これはまた近くここで発表するつもりである。 辻バード