ボクの食べある記〔14〕
ヌヴェル・キュジーヌの最高峰 (1) 1983年8月
「バンザイ予約がとれたぞ!」
辻 真須彦

 いま,パリの,いや世界の食通が注目しているフランス料理屋が,二つある。「アルケストラート」
と「タイユヴァン」だ。

 有名な「ミュシラン」が最高点三つ星を'82 年につけたのは,その他に「ラセール」と「トゥール・
ダルジャン」,この四軒である。もう一方の食味評論誌「ゴー・ミョ」に至っては,最高の四つ帽子
(コックの帽子ですよ)をつけたのは前記「アルケストラート」と「タイユヴァン」,この二軒のみなのだ。

 僕もいっぱしの「グルメ」ぶっているんだから,この二軒のうち,どちらかに行ってやろう,こう心に
固く誓って,はや三年は過ぎてしまったのだ(チョット大げさかな)。と言うのも,この両店とも大体
二,三ケ月前から予約いっぱいなので,パリに着いて,それから電話しても「コンプレ」(満席)と
言われるばかりで,最近あきらめかけているところなのだ。


 この六月は,ウイン,ザルツブルグ,ミュンヘン,ストラスブルグと旅して最後がパリだった。
パリ以外は,地域的に「ヴルスト」(ソーセージ)「ザワークラウト」(酢キャベツ)「ビール」の国ばっか
りだった。だから,ストラスブルグで「シュ・クールト」(前記ザワークラウトとソーセイジ,アイスバイン,
ハム,レヴァ等をグツグツ煮込んだ料理)を食べて,いくら本場であるといっても,その前十日間も,
似たようなものを毎日食べてきているので,感激もないし,胃袋もあまり歓迎しない様子だった。

 同行した妹の智加子と二人で「一刻も早くパリに行こう」とホテルもキャンセルし,パリ行きの
急行にころがり込むように飛び乗り,予定より一日早くパリに着いたのだった。着くなり,ホテル
のフロントの小太りの親父に紙切れを渡した。横列に,パリ滞在中思い切った食事ができる日,
三日間を書き,それぞれに「昼食」「夕食」と記し,縦列に順位の店名「アルケストラート」「タイユ
ヴァン」「ラセール」それと興味があったので「ル・デュック」を加えた。

  大枚二十フランを悠然とかの男に与え(六百四十円なんだけど)「必ずどこか予約して下さいね」
と言い渡した。その夜は,サン・ミッシェルで「クスクス」なんか食べて軽くすまし,早く寝てしまった。
翌朝,軽い朝食をとってフロントに行くと,親父が口に両手を当て,それからその手をバンザイのよう
にして叫んだ。「アルケストラートがとれた。明後日の昼食だ!一時ですよ」。我々も抱きあって
「バンザイ」を叫び(これはオーバー)たいような気持ちをおさえて「おじさん,どうも有難う」と三回
言ってやった。それから我々のしたことは次の通り。

 一,今日,明日はあまり大食はせず,チョット抑えた食事をすること(でも日本にいる時より,よほど
贅沢に食っていたけど)。二,なにしろ明後日の昼に向かって,体のコンディションを最高にもって
行くこと。夜ふかしはダメ。

 三,真須彦はロクな服を持っていないので,パリ仕立てのスーツを今日中にオーダーし,できれば
シャツ,ネクタイ,クツを合わせて新調すること(これは実行された。もちろん言われなくともパンツ,
シャツ,パジャマは買ったけれど)。

 四,カメラは三台用意し,ASA100,400,1000を入れ120分テープを回しっぱなしにすること。
まあ,そんなところです。


 それから本屋に行き,念のため1983年版の「ミュシラン」「ゴー・ミョ」「オート・ジュルナル」,「パリ・
プラン・ド・レストラン」を買い,評を読み,船便で送り返した。当日がやってきた。 十時の開店に合わ
せて,僕はオーダーしてあったスーツを取りに洋服屋に走った。智加子は十一時にボクの部屋を,
清掃してウロツキ回る。こちらはハダカで,全部新品の着衣を,上から下まで着てゆく。汗は吹き出
す。シャワーに入り直す。

 頃合を見はからって表通りに出て,タクシーを拾う。なかなかつかまらない。「歩いた方が早いか」
「歩いたら汗が出るし」「腹がへるからいいか」「これ以上へったら食欲がなくなる」こんなことを言って
るうち,手頃な車がつかまった。

 乗るやいなや「アポルテ・モア、レストロン・アルケストラート」と、アルケストラートに力を入れて運転
手に言う。


  「アルケストラートなんてレストランは知らないね」「何処にあるんだね」「リュ・ド・ヴァレンヌにあって,
いまパリで最高の評価を受けているレストランだよ」「知らないの??」妹も懸命にやりかえす。「パリには
レストランは沢山あるからな。マキシム,トゥールダルジャン,グランヴェフェール,でもアルケストラート
なんて聞いたこともないよ」

 結構遠回りして,リュ・ド・ヴァレンヌの「アルケストラート」に着いたのは一時キッカリであった。
 
 --(2)に続く--