ボクの食べある記〔16〕
ヌヴェル・キュジーヌの最高峰 (3) 1983年10月
「アッ! 美味しい、美味しい」
辻 真須彦

 「アルケストラート」の昼食は,噂にたがわず素晴らしいものだった。

 私達の前に,大きめの皿が常に置かれている。その色は深い柿色で,見上げる
天井はそれより,さらに濃い柿色の陶板である。

 最初の皿は「サラド・ド・オマール・オー・マンゴ・エ・オー・バジリク」つまり「ザリガ
ニのサラダ,マンゴーとバジリコ風味」だ。各種のサラダ菜,オレンジ,エシャロット,
蒸したニンジン,シソなどの上にオマールが散らしてあり,マンゴーの薄切りものって
いる。皿の周囲には,何やら鳥の唐揚げの小さいものが点在している。その唐揚げを
口に入れたら刺すような熱さが舌にころがった。サラダ菜を食べてみたらヒヤッとした
涼しさが心地よい。皿を触ってみて驚いた。周囲を熱くして,中を冷やしてあるのだ。
「スゴイ神経のくばり方だ」二人で顔を見合わせた。

 マンゴーの甘さ,オマールの美味しさ,ドレッシッングは極上のオリーブ油にトリュフ
風味が漂う。見る見るうちに快調なペースで平らげてしまった。ドレッシッングが全然
酸っぱくないので,冷えた白ワインが実に引き立つ調和なのだ。

 一呼吸するうちに次の皿が出た。「テュルボ・オー・シャンピニオン・ソヴァージュ」
つまり「ヒラメの紙焼きキノコ添え」だ。ヒラメの身は,中心が生っている紙一重という
感じで火を入れてある。

 ここのオーナー・シェフ,アラン・サンドラス氏は”秒単位の正確な火の入れ方“を
強調している人なのだが,流石に大したものだ。もっとも日本料理は,このことにかけ
ては,その上をゆくと思うんだけど。しかし,それに掛かっているソースはすごいもの
だった。少おしスモークの香りがするこのソースは,おそらくサンドラス氏の独創的
考案であろう。アッサリしたヒラメと,トロッとしたソースが,シャンピニオン(キノコ)の
香りと調和して,少しも重くない料理に仕上がっている。しかも巌としてフランス料理
なのだ。

 客席は完全に満席で,流行っている店独特の,ウキウキした楽しさに満ちている。
日本のフランス料理屋につきまとう,あのヨソヨソしさは全然,ない。むしろ,アット・
ホームな感じが流れていさえする。そこへ,「フォワ・グラ・オー・シュー・アラ・ヴァ
プール」と小声でいってウエイターが運んできた。これぞアラン・サンドラスが創り出
した,有名な「フォワ・グラのキャベツ包み蒸し」なのだ。白い皿の中央に,キャベツ
で包まれたフォワ・グラがあり,その向こうに白い岩塩,右に白コショウ(ミニョネット)
が配されている。

 待つのも,もどかしく,キャベツを切り開き,中のフォワ・グラは回りは灰茶色なのだ
が,中心へ向かって暗赤色の生レヴァである。薄切りにしたやつを恐る恐る口へ運び,
噛んでみる。

 これは凄い!凄い味だ。これが本当のキモのフォワ・グラだ!

 しかし,この一片を,向こうにある岩塩にチョイと付け,そして白コショウ粒にチョイと
付け,口に入れた時,思わずウナッてしまった。なんたる美味しさ,なんたる組合せ
の独創性。それにこの塩の美味しいこと。塩そのものが,こんなに素晴らしい味がす
るなんて,今まで知らなかった。そしてフォワ・グラを包んであるキャベツも,切って食
べてみる。これが単なるキャベツとは信じ難い味だ。これにも塩,コショウをつける。
フォワ・グラの香りと味,その油,塩気,それが,キャベツを変身させる。夢中で皿を
平らげてゆく

 智加子は「私は前にフォワ・グラの温かいのを食べたことあるけど,気持ち悪くて
最後まで食べられなかった」と別の皿を頼んでいた。私は「一切れ食ってみたら」と,
一片を差し出す。「少しだけよ」とこわごわ口へ入れる。

 「アッ!美味しい。美味しい,美味しい!」と言ったかと思うと,「もう一切れ,頂だい」

 注: このやりとりは,その時回してあったカセットに,全て記録されている。
帰国したらこの時の会話を
      掲載しますね。辻バード

 --(4)に続く--