ボクの食べある記〔17〕
ヌヴェル・キュジーヌの最高峰
(4) 1983年10月25日パンニュース
「これがフランス文化だ!」
辻 真須彦

 「アルケストラート」での昼食は,最初のアミューズ・ゲルに続いて,非常に個性的な
三皿が出た。いよいよ最後の皿が登場してくる時が来た。

 そおだ。僕はここのパンについて語るのを忘れていた。ここのパンは,最初の皿の
時ウエイターが置いて行った。両手の親指と人差指を合わせて,楕円を作ったぐらいの
大きさで,表皮は厚く,固い。それに光っている。小型なのに重い。内相は目がつんで
いて暗灰色をしている。こんなパンは見たことがない。チギッて,バタをつけ,噛んでゆ
くと,なんともいえない旨味が伝わってくる。僕は二皿目でこのパンが無くなってしまった。

 すぐ,金髪の若い男の子が,パンを小皿に置いてくれた。サンドランス氏は,ここの厨房
で,このパンを焼いているのだそうだ。そんな料理屋は,フランスでも珍しい存在だと思う。


 さて,最後のディッシュが,温められた柿色の皿の上に,静かに出てきた。「アニョー・ド・
レ・オウ・レギューム」(乳飲み小羊の野菜添え),呟くように男はささやいて,同時に置かれた
香茶の入った銀の器と,皿の上方にあったニンニクの丸ごとを,それぞれ指差した。皿の真ん
中には,ほどよく薄切りされた小羊の肉が,およそ十切れは盛られていた。もちろん中心部は
薄桃色で,ソースはできる限り少量,そんなサンドランス風である。

 それ以上の驚きは,配してある野菜達に加えられた配慮だ。サヤインゲン,ニンジン,アン
ディーブ,シャンピニオン,キュウリそれに大きなニンニクの玉。それぞれが色を失わず,型を
くずさず,一つ一つ別々にソテーされている。まるで懐石料理だ。しかし,一皿の量は厳然と
フランス風である。83年版の「ゴー・ミョ」を見ると「この店に加えられる『量の少なさ』に対する
攻撃は「「「」と書いてあった。しかし,我々日本人の胃袋にとっては,ムニュ・デグスタシオンを
完全に平らげることは,非常な難事業である。


 僕は,小羊の一切れを口に含んで,モグモグと噛んでゆく。なんたる美味。なんという塩味の
旨さ。大部分の日本人には獣くさいと感じさせる。小羊の本当の味。「これが,海岸で塩を含ん
だ草を食べて育った羊の乳飲み子だ。プレ・サレって言うのは,こんな羊のことを言うんだ」「白状
すると,初めて食べたんだよ」と僕。「お兄さん,ジンギスカン焼で鍛えてあるから大丈夫でしょう」と
智加子。

 しかし,この塩味は外から加えた塩気ではない。内からにじみ出てくるジワーとした味だ。日本
では,本当に美味しい羊の肉を手に入れるのは難しい。日本の肉屋のレパートリーは極端に少な
くて,牛・豚・ニワトリ,それも内蔵はほとんど無い。魚は,すごくヴァライティーがあるのに。

 添えられた野菜も,塩・コショウ・バタ・それに恐らく少量の砂糖とゴマ油が,かくし味に使ってある。
そんなソテーだった。それに,野菜の本来の味が生かされたやり方で調理されている。問題の,ニンニク
の玉は,加熱された糖ミツの中に,皮ごとつっこんで引き上げた様子だった。手でむいて,中をかじり,
指を嘗めると,トロッとした甘味がアクセントになる。例の香茶に指をひたすと,ホンノリとした暖かさが
心地よい。


 パンを少し食べ,ワインを飲み,小羊を噛み,野菜を味わい。僕は,一つも残さず食べてしまった。

 一息すると,二人のギャルソンが,一メートル二〇センチ×六〇センチぐらいのワラを敷いたワゴン
のプラウトウを静々ともってきた。

 いよいよフロマージュ(チーズ)の時が来た。僕は,シェーブル(羊の乳のチーズ)と食べごろのキャ
マンベールを取った。智加子は,シャンパーニュとロック・フォールだ。若い男が,サッと別のパンを
出してきた。パン・ド・カンパーニュをスライスして少しトーストしたもので,それぞれ,クルミ,ナッツ,
スグリが入っている三切れだ。少し甘味が感ぜられる。このパンにフロマージュをのせ,齧りながら
残しておいたワインを口に含む。

 「これが,フランス文化だ!」「そお思わない?」と智加子,僕は,もう陶然として,夢中でシェーブル
を味わっていた。

--(5)に続く-- この時の会話も
      掲載しますね。辻バード