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ボクの食べある記〔18〕
ヌヴェル・キュジーヌの最高峰 (5) 1983年11月15日パンニュース
「一発勝負の仕上げ」
辻 真須彦 |
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料理を全部平らげ, フロマージュに堪能した, われわれは, いよいよデザートの登場を待った。
テーブルの上が, サッと片付けられ, 白いクロスだけになった。その上に, すぐ,軽い薄い
焼菓子が三種出てきた。「プティ・フール」 というやつだ。
ウエイターがスッときて「今日は”木苺のミルフィーユ“をご用意していますが,いかがでしょうか」
てなことを言った。「二人共それにして」と妹。
さて,その「プティ・フール」を手にとって,口に入れる。最初,丸い小さなパイ状のものをほうり
込むと,ススッと溶けて,ほのかな香りと甘味だけが残る。細長い棒状に巻きこんだものも,薄やき
センベイのようなものも,全てアッという間に溶けてしまう軽さだ。しかし,カリッという,そのものの
実在感は,確かにあるのだが。まるで,これらの菓子は恥ずかしがるように,口の中で消えてゆく。
まるで,自分の存在を否定するような,菓子だ。水を飲みながら残らず平らげたけど,腹には,
何も入らないのと同じだ。
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そこへ,男が,頼んだミルフィーユを持って来た。大きな皿に座っている「木苺のミルフィーユ」は,
見事なとしか言いようのないものだった。我々が「プティ・フール」を口にほうり込んで,ヨーロッパの
食文化について語っている間に,オーブンで焼上げ,仕上げたものに違いない。
白い皿の上に,十一センチ角ぐらいのミル・フィーユがある。一番上は,カラメルが程よくコゲた
パリッとしたパイ皮,その下は濃いシロップをからませた木苺が十ケぐらい,その下に生クリーム,
またその下には,もっとスポンジ的なシトッとしたパイ皮,その下に木苺,クリーム,パイ皮と,全体
は二階建てだ。その上から,素晴らしい深い赤の木苺のソースが掛けられ,皿の底には,その
ソースが芸術的に広がっている。
一ケ一ケ,心を込めて造った本当の一発勝負の仕上げ。そのたたずまいは,食べるのが惜しい
ほどである。とも言ってはいられない。早速,一番上の皮を,手でもって食べてみる。焼き上がった
ばかりの熱さが,その,ほろにがいカラメルの甘ニガさと混ぜんとなって生きている。下の木苺と
生クリームはヒヤッとする冷たさ,中のパイの甘味。この菓子全体とすれば,「熱さ」「冷たさ」
「甘さ」「ニガさ」「スッパさ」「パリッとしたもの」「フゥアァとしたもの」の芸術的統合である。
これこそ,もう,皿に残った木苺のソースまで,舐めるように平らげてしまう。
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コーフィーが出て来たが,フランスでは珍しいくらいのグッとくる熱さが印象的だ。それに続いて,
チョコレートが五,六ケ皿に出てきた。薄い薄いチョコレートの中にまた薄くジャムが入っているのや,
例の粉が掛かっているやつや,面白いのがいろいろある。ニガい砂糖なしエキスプレス・コーフィーと
チョコレート,これが「アルケストラート」のムニュ・デグスタシオンのフィナーレだった。
もう我々は,最初の皿が,遠い昔のように感じられる。ずいぶん長い間食べ続けていたものだ。
時刻は三時半,もう二時間半もたっている。勘定はアメリカンエキスプレス・ゴールド・カードで支払っ
た。この九月に請求が来たからはっきりしているが,総計千百三十八フラン(セルビス込み)日本円で
三万二千円!なんと安いことよ。 (当時の1フランは28円でした)
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我々は,入口にいたインテリ風の若いマネージャーと,「フォワ・グラ」のあれこれについて,帰り
がけにいろいろ喋って,外に出た。薄暗い店内から外に出ると,カラッと澄み渡ったパリの空があった。
近くの「ジャルダ・ド・パブリク」(名もない公園)では,子供の喧噪が聞こえる。まるで,タイム・
トンネルをくぐり抜けたような感じだ。でも腹の中には,これまで食べ続けた料理の数々とワインが
「アルケストラート」で食事をした事実を,主張するかのように,ズシーツと存在している。
僕は,ベンチに座り込んで,しばらくの間,動けなくなってしまった。
「こんど来るときは,絶対『タイユヴァン』で食ってやれ」と考えながら。
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--この稿終わり-- |
この時の会話も
掲載しますね。辻バード |