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ホテルから歩いて行くと、いくつもの 公園が並んでいる。その一番西側に あるのが「シベリウス公園」だ。 ヤン・シベリウスはフィンランドの、 偉大な作曲家である。(1865-1957) |
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ボクも一時期、シベリウスの魅力に 取り憑かれ、ありとあらゆる曲を聴きま くった時代がある。今でもLPやCDをた くさん持っている。 交響曲は1番、2番、4番、5番あた りが好きで、6番7番とかになると、どう も理解に苦しむ。あのシベリウス独特 の茫漠とした曲想が未だに理解でき ない。 有名なフィランディアは名曲である。 この一節は、いまではフィンランドの 国歌なみに扱われ、人々が集まると、 この旋律を合唱する。(ボクのビデオ の中頃から出てくる旋律がこれです) その他、カレリア組曲やトウネラの 白鳥、レミンカイネンの帰郷、悲しき ワルツなど、優れた管弦楽作品。 それに膨大なピアノ曲や歌曲がある。 ここフィンランドへやってきて、この 公園にやってきて、ボクはシベリウス の後期のシンフォニーを、また聴いて みたいと思った。 辻バード |
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1967年にエイラ・ヒルトゥネンが創った ステンレスパイプによるモニュメント。ま るでパイプオルガンのようである。 ボクらがヘルシンキに行った、8月10日 ころ(2002)は、快適な気温とスガスガしい 空気の気候だった。 寒い寒い冬にここを訪れたら、どんな 感じがするのだろうか? |
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8月12日(月)、ヘルシンキから列車で 2時間の都市、タンペレを訪れた。 タンペレはヘルシンキについで、フィン ランド第二の都市である。 フィンランドの列車の旅も快適である。 我々はいつもユーレイルパスなので、 一等に座れる。この列車でも、一等では コーヒーやクッキーなどは無料で配られ ている。 静かに走る列車。周囲に拡がる森と 湖。車内も静まりかえっている。 |
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ボクたちがタンペレの街を訪れた第一 の目的は、この街にある「レーニン博物館」 である。これは元「労働者会館」だった 立派な建物の3階にある。 レーニンとフィンランドの関係は深い。 ツアリー政府の弾圧を受けて、レーニン は度々このフィンランドに亡命し、ここ タンペレの街にも、何度も訪れている。 この博物館は、レーニンに関する資料と、 ロシア革命に関する資料が丹念に保存さ れたいる。 |
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日本語で書かれた解説のリーフレットも あったが、これは貸し出し用なのでもらえ なかった。 |
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フィンランドは、帝政ロシアの政府が、 レーニン等の指導する革命で崩壊した のを受けて、いち早く独立を宣言した。 つまり、100年間におよぶロシア支配 から独立を達成したのだ。 レーニンは、この独立をいち早く承認し、 フィンランドの独立を認めた最初の政府 となった。これらに関する資料も、ここに は色々と保存されていた。 |
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レーニンは、ロシア周辺の各国の独立 と自治について、積極的に支援した。そ の資料がここには沢山ある。 しかし、そのレーニンの死後、スターリン の権力が強まり、彼の覇権主義的行動に よって、周辺地域への圧力が強まり、つい にフィンランドとも戦争状態になり、フィンラ ンド側も一時、ナチスドイツ側に付くという、 非常に複雑な事態が生まれた。 ボクたちは、この20世紀初頭から半ばに いたる歴史を、21世紀の時点から、もっと 深く研究しなければならない。そして、 そこからの教訓をくみ取らなければなら ない。 ボクは、ここフィンランドのタンペレの街 を訪れ、この日一日、歴史的事実を知る 重要性について考えさせられた。 辻バード |