連載 "ボクの味て歩き" 

暫定 未完
「ボクの味て歩き」(15)
辻 真須彦(ツジ・キカイ社長)
行き付けの店たち。 6)
1986年7月6日
大国鮨〔すし〕

 ニューヨークと同様パリでも,すし屋の数は増える一方だ。特に,東京銀行の
裏あたりは「寿司屋街」と言ってもよい位である。早くから始めた「ふじた」などは,
寿司好きのフランス人で何時も超満員,今度支店を出したほど人気がある。

 「フランス人は生魚を食わない」と言う昔の習慣はくずれさり,「グルメは鮨を好む」
になってきた。もっとも,ヌヴェール・キュジィーヌ(新フランス料理)でもこの傾向が
ある。

 魚料理で有名なパリの「ドゥ・リュック」などは,オードヴルに,すずきの薄造りが
出る。しかも,マリネもレモンもしてないので,もし醤油と山葵それに日本酒が
あれば,これは完全な日本料理だ。〔後述の解説参照〕

 ともかく寿司は,いま非常にインターナショナルな食い物になって来た。もっとも,
アメリカのように「アメリカン」とか「キャルフォニア巻」とか言って,日本の寿司の
変種が出ていることもある。(そして,またそれが日本に飛び火して,キャフェバー
のような寿司屋が現れ,ヤングに人気があるのだから?)

 最初ボクに寿司を教えてくれたのは,西口仲通りにあった「栄寿司」のおやじで
ある。この人は,酒を飲み過ぎて死んでしまったが,その頃も時々本当に酔っぱ
らってしまう。すると『さー,これから300円で飲み放題,食い放題!』と言って,
自分もカウンターで飲み出す。こんな時,ボクは中に入り,おやじに代わって鮨を
握る。もっとも,たいていは面倒なので「ちらし寿司」にしてもらったものだ。

 今でも,このおやじに,魚の開き方や,酢のしめ方,煮物のコツを教えてもらった
ことが役に立っている。

 ボクの好きな寿司屋は,頑固に定石を守り,良いねたと丁寧な仕事をしている
ところだ。それと,職人が変に愛想が良くてベラベラ喋ったり,人の出入りごとに
「ラッシャイ」と怒鳴ったりする寿司屋が嫌いだ。大声で威勢を付けたから,魚が
新鮮になる訳でもなし。

 勿論,食った後「ギョッ」とする値段の店は,いくら旨くても二度と行かない。
そこで,安心して「鮨を食う満足感」を味わうためには,いつも「大国鮨」に行く
ことになる。

 ここで,もう20年も鮨を食っているが,一回も失望したことが,ない。大手ベイカ
リーの俊英K・Y氏も,ここの鮨が好きで,大阪から飛行機で日帰りのときでも,
むりをして時間をつくり,ここで食べて行くほどだ。

 この大国鮨も,むろん立地が良いわけではない。ボクの会社から近く,「厚生
年金会館」の 真裏にあたる通りにひっそりとある。

 ガラッと格子を開けると,清潔な店内はカウンターに7人,4人の椅子席が一つ。
おやじが,一呼吸おいて小声で「いらっしゃい」と呟く。ねたが全てを語っている
から,大声を出す必要はない。

 鮨を食う前に,刺身で一杯やる人がいるが,ボクは直ぐ鮨といく。それも,鮪の
大トロをまず食べる。(本当は白身から喰ったほうがいいのだが。)

 そして,その白身にとりかかる。鯛も旨いが,鱸や平目が最高だ。「えんがわ」一個
に身を一個握ってもらい,程よい燗のお銚子で,ここの鮨を喰うと本当にしあわせになる。
外国で鮨を喰って,断然味がちがうのがこの白身の類だ。ボクはまず白身が寿司屋の
試金石だと思う。もっとも「白身なにがあるの」と聞いたら「今日はハマチです」等と言うの
は論外だが。

 ハマチは上もので絶対に白身では,ない。それに,ここの店は,鰤(ぶり),いなだ,わらさ,
勘八,平まさ等は出すけどハマチは置かない。「近頃はハマチ,甘えび,ねぎトロと言う
お客さんがいて,困りますね」とおやじがこぼしていた。

 白身を一通り食べたら「ひかりもの」だ。キラッと光るサヨリがあれば最高だが,絞めた
コハダや,生のアジ,どれも月並でない。そしてイカに行く。酒飲みの栄寿司のおやじが
よく「ただ,イカ!と言わないでよ.うちには『生いか』も『煮いか』もあるんだから」とお客に
言っていた。

 それからボクも,必ず「生いか」と言うようになった。ここ大国鮨ではイカは「すみいか」か
「あおりいか」だ。分厚いモンゴウなぞは鮨のイカじゃない。ありゃ不味い蒲鉾を喰っている
ようなものだ。

 ここの海老は活きている車をゆでたものだし,穴子も活けを裂いて煮たものだ。今の季節
なら,穴子は変にあぶらなくても,フワーッとしてとろけるようだ。それからボクは,赤貝の
ヒモを,きゅうりを入れずに巻いて貰う。勿論簾(すだれ)で巻き,4っに切る。間違っても
「手巻き」などと言っちゃいけない。あの風潮は「寿司職人の素人化」からくる堕落現象
だとボクは思う。

 ここまで食べて,最後に「トロ鉄火」をやろうと思ったが,最近の下腹を考えて,ぐっと
我慢し,静かで,しかもよく気のきくおかみさんが出してくれたアガリを啜れば,寿司の
なかにある不思議に完結した充実を感ずる。全部オードヴゥルのようなものなのに。


〔解説〕「パリ/ル・デュック」
 もっとも,この料理は,粒胡椒と塩 ,オリーブオイル,冷えた白ワイン,それにパン・ド・
セイグル又はトーストしたガーリック・フィッセルがくみあわされる。いつも,ボクは思うの
だが,パンと飯,ワインと日本酒,醤油とバタ又はオイル,フロマージュとお新香,これら
によって素材が同じでも料理の体系が変わってくる。この両体系を簡単にミックスする
ことは出来ない。その両者ともに奥深い歴史があるので,中途半端な折衷はロクな結果
を生まない。

 この統合・止揚が出来るのは,限られた料理の天才か,長い歴史の篩いによる
しかないからである。

大国鮨のホームページ↓息子さんが作っている
http://www1.neweb.ne.jp/wb/daikuni/